映画【キャンディマン】は、2021年に公開されたアメリカのホラー映画。1992年に第1作【キャンディマン】が公開されてから第3作まで製作されたシリーズで、黒人の人種差別というテーマをホラージャンルに盛り込んだ作品です。
鏡を見ながら「キャンディマン」を5回唱えると、キャンディマンが現れて人々を殺すという怪談を耳にした主人公アンソニーの物語を描いています。公開された予告編では、面白半分に鏡を見ながら「キャンディマン」を唱える学生達の姿があり、結局何も起こらず、学生達の苦笑いに、突然ドアが閉まるといった反転が起こり、鋭い悲鳴と共に鏡に映ったキャンディマンのビジュアルが現れ、これから起こる事件に好奇心を刺激させます。
あらすじ
ビジュアルアーティストのアンソニー・マッコイ(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)は、長いこと新しい作品のためのアイデアを探していました。
そんな中、同棲中の恋人ブリアンナ(テヨナ・パリス)の友人から、”キャンディマン”の怪談を聞いたアンソニーは、それからインスピレーションを得るためカブリーニ・グリーンという町に向かいます。
そこは一時、主に黒人が暮らしていた犯罪地帯でしたが、現在は再開発で高層ビルが多く並ぶ場所に変わっていました。
住宅団地としてまだ開発が行われていない地域に入ったアンソニーは、そこで生まれ育ったクリーニング店の店主ウィリアム・バーク(コールマン・ドミンゴ)から、キャンディマンに関する話を詳しく聞き、これをテーマにした作品を描き始めます。
しかし、アンソニーが描いた作品を通じて、キャンディマンの呪いの伝説が始まったのです。
彼の正体が誰なのかも分からないまま、アンソニーは次第に狂気に取り憑かれ始めてしまいます。
蜂に刺された手の傷が徐々に悪化し、傷は全身に広がり始めました。
そして、彼に関わる周辺人物が1人2人と殺害される事件が発生するようになります。
ここから、いつ終わるか分からない死の呪いが再び始まったのです。
【キャンディマン】シリーズ
本作は、都市怪談の一つである<キャンディマン>を映画化した【キャンディマン】(1992)に続く真の続編として、【キャンディマン2】(1995)や【キャンディマン3】(1999)を差し置いて新たに誕生した作品。
【キャンディマン】(1992)は、監督が【不滅の恋/ベートーヴェン】(1992)で知られるバーナード・ローズ、ヴァージニア・マドセンとトニー・トッド主演により誕生したホラー映画です。
当時は、殺人鬼キャラクターとして初めて黒人俳優を起用した映画であり、都市怪談というテーマを脚色した作品。
【キャンディマン】(1992)では、キャンディマンは人には見えないけれど、実在するという神秘主義の設定から始まります。
残酷な殺人行為をするのが主人公ヘレンなのか、キャンディマンなのかという疑問と反転のトリックは、当時 観客を魅了しました。
むしろ都市伝説をテーマにした怪談映画に近く、作中でキャンディマンという存在が実在するのかさえ不明のままだったのです。
【キャンディマン2】(1995)は、ビル・コンドン監督による【キャンディマン】(1992)とは異なる形で制作されたスラッシャームービー。
【キャンディマン3】(1999)は、テューリ・メイヤー監督による【キャンディマン2】(1995)から数年後を舞台とした完全な続編。
今回の作品では、理性を失うような被害者たちの登場とユニバース特有のミステリー部分を極大化したとのことで、多数のマスコミから「【ゲット・アウト】(2017)【アス】(2019)に次ぐ衝撃的映画の誕生」と高評価されました。
主人公アンソニーが、キャンディマンに対する関心と興味を持つきっかけは、【キャンディマン】(1992)の主人公ヘレンと似ており、彼がキャンディマンに生まれ変わる過程も、原作の流れを引き継いでいます。
また、原作とは異なり主人公をビジュアルアーティストに設定し、都市の伝説と怪談が芸術と結びついて持つテーマというのも印象的です。
更に、【キャンディマン】(1992)が、キャンディマンという存在自体を浮上させているとすれば、本作はキャンディマン誕生の背景と歴史に焦点を合わせています。
<キャンディマン>の伝説と登場、彼を取り巻く人物達の関係や事件までストーリーに溶け込んでおり、アンソニーがキャンディマンになる過程の中では、米国社会の裏面や人種差別、黒人に対する二重的な視線など、多様なメッセージも盛り込まれていました。
監督と出演者
ニア・ダコスタ監督
共同脚本も担当したニア・ダコスタ監督は、ブラジルと黒人の血統を持つアメリカの映画監督です。
2015年に犯罪スリラー映画【リトル・ウッズ】(2018)の脚本と監督を務め、トライベッカ映画祭でノーラ・エフロン賞を受賞しました。
その後は、【キャプテン・マーベル】(2019)の続編であるマーベル・コミックスのスーパーヒーロー【ザ・マーベルズ(原題:The Marvels)】(2022)の監督を務め、マーベル映画を監督した最年少の映画製作者となりました。
ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世
登場人物:アンソニー・マッコイ役
キャスト:ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世
Netflixのミュージカルドラマ【ゲットダウン】(2016-2017)で、俳優としてのキャリアをスタートさせ2017年の【シドニー・ホールの失踪】で映画デビュー。
その後は、ドウェイン・ジョンソン主演の【ベイウォッチ】(2017)でガーナー・エラービー巡査部長役、ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル【グレイテスト・ショーマン】(2017)では、アクロバットパートナーであるW・D・ウィーラーを演じました。
出演作品:【ディア・グランパ 幸せを拾った日】(2018)、映画DCコミックススーパーヒーロー【アクアマン】(2018)、【アス】(2019)ほか
*2021年12月17日公開の映画【マトリックス レザレクションズ】ではモーフィアス役で出演。
トニー・トッド
登場人物:ダニエル・ロビテイル / キャンディマン役
トニー・トッドは、コネチカット州ハートフォードで育った俳優、映画プロデューサー、声優で【スリープウォーク】(1986)で映画デビューを果たしたのち、【プラトーン】(1986)に出演しました。
出演作:【ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世紀】(1990)、【クロウ/飛翔伝説】(1994)、【ザ・ロック】(1996)、【キャンディマン】シリーズ(1992-2021)、【ファイナル・デスティネーション】シリーズ(2000-2010)、TVシリーズ【新スタートレック】(1990-1998)、【トランスフォーマー/リベンジ】(2009)、【レイン・オブ・ザ・スーパーメン】(2019)ほか
キャンディマンというキャラクター
キャンディマンは、社会的差別や無視、白人によって無残に殺害された黒人の物語で、通常のホラー映画に登場するキャラクターとは違った性格です。
また、キャンディマンの誕生は、1970-1973年までアメリカで少なくとも28件の殺人を犯した連続殺人鬼”ディーン・コール”の名前を引用したのが推測されます。
キャンディマン(本名:ダニエル・ロビテイル)は1855年生まれで、黒人差別が激しい時代に父親が富を積んでエリート教育を受けて育ちました。
絵画の才能を持っていたダニエルは多くの人々の肖像画を描くなかで、白人女性キャロライン・サリヴァンと出会い恋に落ちます。
しかし、ダニエルはキャロラインがダニエルの子を妊娠したと知った彼女の父に右腕を切断されたのです。
さらに、半裸の状態で全身に蜂蜜を塗られて蜂の群れに刺されショック状態に陥りました。
ダニエルの身体に蜂蜜を塗るのを見ていた白人少年が蜂蜜を指でなめ、キャンディのように甘くて思わず「キャンディマンだ」と言ったこと、そして瀕死の状態だったダニエルが鏡に映った自分の姿を見て「キャンディマンだ」といって息を引き取ったことから彼は<キャンディマン>と呼ばれるようになりました。
キャンディマンは、無残に殺された彼の死による悲劇、復讐のため怒りに満ちた亡霊になったのです。
映画では、キャンディマンが一つの実体として登場しますが、そのキャンディマンは自分自身について説明もせず、1800年代から今に至るまで、無念の死を遂げた複数の黒人を代弁しています。
キャンディマンの象徴である右手の鉤、そして罰、蜂の群れや鏡を積極的に活用した本作は、【キャンディマン】(1992)を上手く引き継いでいました。
戻って来たキャンディマン
【キャンディマン】(1992)でキャンディマン役を演じたトニー・トッドが、本作でも同役を演じました。
キャンディマンの優越的で、魅惑的で、躍動的で、恐怖のような悪役は、トニー・トッドしか演じられません。
ニア・ダコスタ監督は、彼が本作に戻って来る最も適した方法に悩んだようでしたが、トニー・トッドは短い出演にも関わらず、キャンディマンとして強烈な印象を残し恐怖を伝えました。
更に、アンソニーの母親役を演じたヴァネッサ・ウィリアムズも【キャンディマン】(1992)に登場した重要な人物です。
アンソニーの母親は、赤ん坊が行方不明になるという恐ろしい出来事に遭遇しました。
結局、赤ん坊を見つけ出す事ができましたが、この過程は彼女とアンソニーに大きなトラウマを残し、ここから新しいキャンディマンが始まったのです。
つまり、まさに【キャンディマン】(1992)で、拉致された赤ん坊がアンソニーだったのです。
人種差別を表現
黒人を見下す白人に対しての怒りがキャンディマンというキャラクターを生み出しました。
これらは、まさにアメリカの社会問題にもなっている人種差別を表現しているのです。
多数が占める社会においても、未だ変わっていない黒人や白人の人権に向けた視線が現在も続いている時代である事を示しています。
【ゲット・アウト】(2017)とは色違いのストーリーで、黒人でなくても誰でも起こりうる差別による弊害が、いつ、何処でも続いた社会を生きているというテーマを、ホラー映画というジャンルの中に盛り込んでいました。
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登場人物が紙のおもちゃで遊ぶ場面=「私は何もしていません」と訴えて、逃げる人形を警察の人形が警棒を持って追う。
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戯言を言う白人が登場する=その白人は、黒人が経験した暴力の歴史を対象化する。
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黒人美術家の主人公が描いた黒人差別に対する絵を見る=「南部に関する話はもう終わってる。今は、シカゴの黒人抑圧に対する話をしなさい。こういう表現技法は、もう飽きた」と白人美術館長が指摘する。
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白人評論家は、黒人達が居住していた地域カプリーニ・グリーンによるジェントリフィケーションを表現した作品を見る=「陳腐で常套的だ」と非難する。
*ジェントリフィケーションとは、地域に住む人々の階層が上がると同時に、地域全体の質が向上する富裕化現象の事。
エンディングでは、警察の強圧的な捜査で犯人と決め付けられ、死刑になった黒人少年ジョージ・スティニー事件など、人種差別事件が<影絵>として再現されたシーンは、社会批判的な内容を映画を通して人々に言及していました。
本作では、黒人が存在しない白人だけの世界で、キャンディマンは鏡の中にだけ存在します。
キャンディマンによる殺人事件が数回発生した後、ニュースでは「キャンディマンは黒人集団が作り出した偽物」だと伝えられていました。
本作は、キャンディマンという一つの都市怪談を、黒人の悲哀が込められた一つの象徴として再誕生させ、黒人が差別を受ける社会に照らし、人種差別には変化の意志が必要な時代だという事実を伝えています。
キャンディマンは実存するのか
アンソニーの母親が語る怪談の中で、白人は英雄的に登場しました。
ある狂った黒人男性が、黒人の赤ん坊を拉致して生贄に使おうと焚き火に投げつけたが、別の白人女性がその男性を殺して赤ん坊を助け、男は焚き火の中で壮烈に死んだという話。
この怪談を語るのが黒人であるにも関わらず、怪談の中の白人は大変英雄的な姿で表現されているのです。
アンソニーの母親はこの話をしてから、アンソニーがキャンディマンの話をしようとすると、彼の事を絶対に言ってはいけないと言う場面がありました。
それには、キャンディマンが過去に黒人に加えられた暴力の歴史の象徴という事を考慮すれば、一見矛盾した態度のように思います。
何故白人を庇うのか。
怪談の中で、狂った誘拐犯を前の世代に、赤ん坊を未来の世代に考えれば、この怪談は黒人が未来の世代を媒介に、前の世代で溜まった苦痛を語る事を暴力として扱っており、白人が黒人未来の世代を救ったと述べています。
蓄えた暴力の歴史は全く関係ないというように、白人がイメージを通じて黒人の歴史を消しているのです。
そして、その生き残った赤ちゃんが実はアンソニーであって、白人が救おうが救わなかろうがアンソニーはキャンディマンになりました。
白人による抑圧と暴力、テロの歴史を操作してなかった事にしても、抑圧された人々の歴史が存在するように、キャンディマンは実存するのです。
本作は、一言でいうとある意味十分重くて、残忍なホラー映画なのです。
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