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【ラストナイト・イン・ソーホー】ネタバレと考察解説。幻想かつ魅惑的ミジャンセンに酔う独特のホラー。

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映画【ラストナイト・イン・ソーホー】は、2021年公開のイギリスのホラー映画。現実と夢、そして過去と現在を行き来する2人の主人公の幻想的なシーンを描いています。第78回ベネチア国際映画祭、第46回トロント国際映画祭で公開されて以来、熱い反響を呼んでいます。これまでに見た事のない魅惑的なビジュアルホラー、華やかな映像美とソーホーの幻想的な雰囲気、そのストーリーや音楽まで豊富に盛り込まれた本作は、1960年代の魅惑的なロンドンソーホーの街へと導いてくれます。

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あらすじ

ファッションデザイナーになる夢を抱いて、田舎からロンドンのファッションスクールにやって来たエリー(トーマサイン・マッケンジー)は、ルームメイト(シノーヴ・カールセン)はもちろん、同期生たちとなかなか馴染めない環境に苦悩し、ロンドン南東部の繁華街であるソーホーに部屋を借りる事にしました。

家主であるミス・コリンズ(ダイアナ・リグ)が一人で暮らす家の最上階の部屋で暮らし始めたエリーは、夢の中で1960年代ソーホーで歌手を夢見るサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)に出会い、彼女の魅力に魅了されていきます。

夢の中で、歌手を夢見ていたサンディは自分の役を掴むため、ソーホーにいる多くの女性を管理しているジャック(マット・スミス)に自分をアピールし2人は良い雰囲気になりました。

こうしてエリーは、毎晩寝る度に夢の中でサンディを観察するようになっていきます。

しかし、華麗で輝いていたサンディの人生はどんどん壊れ崩れていきました。

ある日、夢の中でサンディがジャックに殺される場面を目撃したエリーは、現実でジャックを捜し出す事にしました。

するとその頃からエリーの周りには、夢の中に登場したジャックや数多くの悪霊が現れるようになったのです。

現実なのか幻覚なのか分からなくなったエリーは精神的混乱に陥り、夢の中はもちろん現実でも狂いはじめ……。

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監督と出演者

エドガー・ライト

Photo by Sarah Tsang|https://www.flickr.com/photos/sarah_tsang/8846798236/

エドガー・ライトは、インディワイヤー(映画専門メディア)が選ぶ”21世紀最高の監督”と言われる人物。

そのライト監督が今回、新しいジャンルとも言える独創的なホラー映画を誕生させました。

”エドガー・ライト”について:1974年4月18日生、イングランド・ドーセット州プール出身。映画監督、脚本家、プロデューサー。

20歳の時に長編映画【A Fistful of Fingers】(1995)の監督デビューし、【Asylum】(1996)の撮影中に、俳優のサイモン・ペッグと出会い映画製作に携わるようになりました。

テレビシリーズ【Spaced】(1999-2001)を始め、サイモン・ペッグ主演の【ショーン・オブ・ザ・デッド】(2004)、【ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-】(2007)、【ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!】(2013)といった3本の映画は、エドガー・ライト監督のフィルモグラフィを代表する3部作”スリー・フレーバー・コルネット”と呼ばれています。

また、クエンティン・タランティーノ監督とロバート・ロドリゲス監督の【グラインドハウス】(2007)では、フェイク・トレイラーの”Don’t/ドント”の監督を担っています。

代表作:【Mash and Peas】(1996)、【スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団】(2010)、【ベイビー・ドライバー】(2017)、【ザ・スパークス・ブラザーズ】(2021)、【タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密】(2011)、【アントマン】(2015)など。

出演作:【ランド・オブ・ザ・デッド】(2005)、【リトル・ランボーズ】(2007)など。

エリー

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登場人物:2021年代を生きるファッションデザイナー志望生。夢で見たサンディに憧れを持ち、彼女のスタイルを真似ていくようになります。サンディを追っていくうち彼女が殺されるのを目撃しました。

キャストトーマサイン・マッケンジー

出演作:【Consent: The Louise Nicholas Story】(2014)、【Shortland Street】(2015)、【Lucy Lewis Can’t Lose】(2016-2017)、【キング】(2019)、【ジョジョ・ラビット】(2019)、【トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング】(2019)、【Life After Life】(2021)、【オールド】(2021)、【The Power of the Dog】(2021)など。

”トーマサイン・マッケンジー”について:2000年7月26日、ニュージーランド / ウェリントン出身。

父は映画監督のスチュワート・マッケンジー、母は女優のミランダ・ハーコート。女優のデイム・ケイト・ハーコートとピーター・ハーコートの孫娘という俳優一家で育ちました。

兄ピーター・マッケンジーと妹デイヴィダ・マッケンジー共に俳優(女優)。

兄ピーター・マッケンジーとした映画【Existence】(2012)で女優デビューし、【ホビット 決戦のゆくえ】(2014)でハリウッドに進出しました。

【足跡はかき消して】(2018)で主人公の娘役を演じ、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞ブレイクスルー演技賞を受賞。

【トップガン:マーヴェリック】(2022)の出演オファーがありましたが、【ロストガールズ】(2020)の撮影スケジュールと重なり、やむなく断念しました。

また、オリヴィア・ワイルド監督の新作【Perfect】では、痛みに耐えながらも悲願の金メダルを獲得したアメリカの体操選手ケリー・ストラッグを熱演します。

サンディ

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登場人物:1960年代を生きる歌手志望生。クラブで出会ったジャックに好意を寄せていましたが、行き違いが生じてジャックに殺害されてしまいます。

キャストアニャ・テイラー=ジョイ

出演作:【刑事モース~オックスフォード事件簿~】(2014)、【Atlantis】(2015)、【バイキング・クエスト】(2015)、【ピーキー・ブラインダーズ】(2015)、【スプリット】(2016)、【モーガン プロトタイプL-9】(2016)、【バリー】(2016)、【ミニチュア作家】(2017)、【ダーククリスタル:エイジ・オブ・レジスタンス】(2019)、【ミスター・ガラス】(2019)、【ニュー・ミュータント】(2020)、【Emma エマ】(2020)など。

”アニャ・テイラー=ジョイ”について:1996年4月16日生、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ出身。

6歳までアルゼンチンで育ち、その後ロンドンのビクトリア首都地域に移住。

ブエノスアイレスのノースランズスクールに通いスペイン語と英語が堪能。

イギリスとアメリカ合衆国とアルゼンチンの三重国籍を持っています。

17歳の時ロンドンのナイツブリッジでストームマネジメント創業者のサラ・ドゥーカスにモデルとしてスカウトされ、芸能界デビューしました。

ホラー映画【ウィッチ】(2015)で主演デビューし、ゴッサム賞とエンパイア賞を受賞。

Netflixシリーズ【クイーンズ・ギャンビット】(2020)ではその演技力が評価され、第78回ゴールデングローブ賞(テレビの部・リミテッドシリーズ、テレビ映画)で主演女優賞を受賞しました。

2022年公開予定の映画【Untitled Super Mario Project】(2022)ではピーチ姫の声優、2024年公開予定の映画【Furiosa】では主人公フュリオサを演じます。

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演出における強み

この映画はエリーと夢の中で見たサンディという2人の女性の物語を、現実と夢、現在と過去を行き来させることにより強烈なホラースリラーの混沌を引き出しています。

特に、2つの異なる時代を感覚的な演出を通じて極度の恐怖に追い込んだ点が興味深く描かれていました。

幻想と現実、真実という、あまりにも複雑な時間線を持つ3点をひとつにまとめることで、何処までが幻覚で、何処までが真実なのかがわからない、そういった混乱を視聴者が体感できるのが本作のおもしろいところでしょう。

また、心理スリラー、幽霊、連続殺人犯という3つのジャンルがケンカすることなくストーリーに落とし込まれているのも見どころ。

各時代の登場人物たちの感情や行動を維持しつつ、そのなかで進むにつれストーリーがパズルのように組み合わさっていく過程が興味深く印象的でした。

異なる時代で生きる、自信があってそれだけの実力も備えてるサンディ、都会になじめない内気なエロイーズというふたりを対比させると共に、彼女らをシンクロさせることでメッセージを作り出し、その中で起こる葛藤と圧迫感を上手く描き出している作品です。

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感覚的な演出

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鮮やかなネオンの色味が緊張感をあたえつつも、過去と現在を行き来きしつつシンクロしていく主人公、エロイーズの感情をも表しており、緊迫感を誘っています。

色とりどりに輝く華やかなネオンサインに灯されて、果てしなく続きそうな明けない夜、「スウィンギング・ロンドン」と総称される一時代を築いた1960年代、華やかなドレスを着たサンディがジャックと一緒に街灯が灯ったソーホーの夜の街を走る姿は、まるで【ラ・ラ・ランド】(2016)のようなロマンチックな雰囲気を思い出させます。

しかし、赤い照明の下で踊っているサンディの姿から、これとは対照的に恐ろしい雰囲気を醸し出しており、【キャリー】(1976)、【サスペリア】(1977)に、タイムスリップ的要素を持つ【ミッドナイト・イン・パリ】(2011)を添えたように描写されています。

また、夢の中のサンディに憧れて髪を金髪に染めてスタイルを変えて堂々とソーホーの街を歩いている2020年代のエリーも、相反した雰囲気で注目を集めます。

  • エリーが夢の中で1960年代のサンディと、鏡を通してお互いに向き合う場面
  • エリーとサンディが踊る時に、人物が交差する場面と階段を下りる場面
  • 鏡の中に見える二人の違った姿が、対称のようで非対称だった場面
  • 鏡の中のエリーが、サンディを見て鏡を割る場面

上記に挙げた場面では、ユニークかつ新鮮な演出を丁寧に描いており、視聴者にも印象的だったのではと思います。

更に、映画の後半、雨の日の夜のシーン、エリーがサンディの後を追うシーン。

多くの人の手がエリーのコートの腰ひもを引っ張ってサンディを追い掛けられないように邪魔をする場面があり、水溜りを踏むサンディの足先から始まり、水溜りの地面に横たわるエリーの狂気のこもった目へと続く編集やカメラワークが芸術的でした。

また、華やかな照明とサイケデリックに退避した暗い路地裏などは、背景で表現するのではなく、夢と現実の境界線を崩すカメラワークで表現するなど、魔性の映画といっても過言ではありません。

1960年代と現在を行き来しながら華やかさと陰鬱さの格差を表面化し、1960年代のシーンでの美術、音楽や演出、ストーリー展開や集中力、破壊力んど全てにエドガー・ライト監督の特性が良く表れていました。

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1960年代の残酷にも美しいロンドンを再現

幻想的なビジュアルと独特な雰囲気で視線を引くメインポスターは、ロンドンのソーホーを背景に繰り広げられる、恍惚ながらもミステリーな夜の世界が強烈に描かれています。

ロンドンのソーホーは、イギリスロンドンのウェストエンドに位置する地域で、様々なブランドショップとグルメ、マーケット、公演場、劇場、居酒屋、クラブなどがあり、訪問客で賑わっているエリア。19世紀からロンドン最高の繁華街に成長したソーホーは、数多くの小説作品の背景として登場し、1960年代のファッション、音楽、映画産業の中心地で有名です。

主人公をより引き立たせる華やかな衣装、聞けば聞くほど耳を楽しませてくれる音楽はオープニングから視聴者を魅了します。

「ロンドンを愛し、1960年代を愛する。しかし、この感情には愛情と憎悪が同時に存在する。ロンドンは残酷な程、美しい事もある都市だ」と話すエドガー・ライト監督は、ソーホーが1960年代の華やかなファッションと音楽、文化、映画産業の中心であると同時に、華やかさの裏に見えない恐怖が隠されているという点に注目を向けています。

序盤は明るく楽しく、そして不気味な中盤を過ぎて衝撃的な結末を迎える頃には、寂しさと恐怖心が同時に訪れます。

一見明るく輝いていた都市ロンドンの裏側は暗いものでした。

変わらぬ夢と絶望、そして夢に囚われてしまった者と夢を踏み越えて立ち上がった者の描写は、それぞれの結末に隠された意味を投げかけています。

また、映画の序盤で流れるオールドポップスから、時代は過去ではなく現在であることが分かると同時に、歌手として舞台の上に立ちたかったと思いを馳せるサンディの姿や、ファッションデザイナーとして夢見るエリーの姿を際立たせていました。

1960年代のヒット曲が多く使われており、聴覚的な面でも調和を成した魅力的な映画でした。

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イタリアのジアロムービー

イタリア映画界で重要な時期とされていた1960-70年代は、ルチオ・フルチ監督やマリオ・バーヴァ監督というホラー映画の巨匠による様々なスタイルのホラー映画が上映されました。

多様なスタイルやジャンルが存在し、別名“Giallo”映画と呼ばれ特徴として、鬼であれ殺人鬼であれ顔に明るい照明を照らして強調するというクリシェ的な表現があります。

*ジアロ映画の一連のスタイルは、主にダリオ・アルジェント監督、マリオ・ババ監督などによって確立された。

ゴブリン(イタリアのプログレッシブ・ロックバンド)に代表される神秘的でありながら不気味な音楽、原色的で強烈な照明使用による色調表現、華やかでありながら誇張されたスタイル、そしてその当時のハリウッド映画に比べ、より原色的で残酷な表現などが特徴です。

そして、【ラストナイト・イン・ソーホー】は、まさにこのようなジアロ映画に対する献辞だと言えます。

なかでも、ダリオ・アルジェント監督のスタイルに強い影響を受けていると感じた部分が多く、本作の主人公からして【サスペリア】(1977)のスージー・バニヨンの直接的なオマージュがとても強く、ダリオ・アルジェント監督映画の21世紀式再構成と言っても過言ではありません。

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以前のエリーと今のエリー

エリーが夢の中に入り込めば入り込む程、エリーの現実がまさに溝になりました。

最初、エリーは夢の中の時代を客観的に見ていましたが、夢の中ではしばしばサンディと一体になったり切り離されたりもしたものの、介入できませんでした。

しかし、エリーがサンディの事件に夢中になると夢と現実の境界が少しずつ崩れ始め、眠ってこそ会った人物がエリーの現実でも登場するようになります。

夢がエリーの現実を台無しにし、彼女が再び現実に戻るまであまりにも長くて暗いトンネルを通らなければならなかったのです。

ストーリーの間中エリーは過去の虜になり、夢で見たサンディの60年代スタイルのドレスを具現する事に集中しましたが、結末に至っては自分の再解釈が盛り込まれたデザインをファッションショーで披露します。

ランウェイの下、観衆の歓呼を受けながらショーを締めくくるこのシーンは、舞台に立って有名になりたかったサンディの夢が思い浮かびました。

もしかしたら、映画結末のファッションショーは一種の慰霊祭と言えるかもしれません。

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スリリングなラスト

最後、サンディの正体と共に明らかになった家の真実はとても衝撃的で刺激的でした。

映画の結末はある点で感情的でもあり、自分の姿をサンディに投影しているエリーは、サンディの痛みや傷、犯罪までも理解していきます。

「助けて欲しい」と泣き叫ぶ男性たちは確かに被害者ではありますが、エリーと共にこれまでの物語を見て来た側からすれば、彼らの被害者性が目に入りません。

また、彼らの「彼女を殺せ」の言葉に、エリーは躊躇いながらも「ダメ」と言ったシーンでは、被害者の立場でありながらも殺人者になってしまったサンディに心が揺さぶられます。

「君の望む人生はこんなものだ」というジャックにサンディは、長い時間が経ってやっと「このような人生を一度も望んだ事はない」と、自分で言えるようになりました。

若いサンディが死んだ瞬間に年老いたサンディは生き、年老いたサンディが死ぬ瞬間に若いサンディは生きていくのです。

燃え上がる火の中に座っているサンディの姿が老いたり若く見えたりするのは、彼女はようやく生き延びる、つまり地獄よりも熱い現実から抜け出す事が出来たと言うことです。

サンディという存在は、映画が描いている1960年代の輝かしい姿とその没落をそのまま反映していると言えるでしょう。

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【ラストナイト・イン・ソーホー】が伝えるメッセージ

環境が変わることに恐れながらも、自分の夢を追い求めている方も多いでしょう。

映画はロンドンと田舎という対比を通じて、見知らぬ大都市に向かった一人の少女にかかる重圧や成功の方法論などを、1960年代と現在を比較しつつその恐怖を描いています。

1970年代のホステス映画の一部では、産業化当時に家庭の事情で上京した女性たちが抱える密かな恐怖心を表していたのかもしれません。

本作では華やかなソーホー通りの裏に内在する女性に対する無慈悲な搾取と暴力の無惨さを、主人公の夢と幻想を通じながら復讐と正義を具現化して伝えていたのです。

真の恐怖とは、実体がなく自分の中に隠れた想像力と不安感が表出する時こそ現れる。

そして、都市怪談のような史上最高の美しいホラースリラーが、この【ラストナイト・イン・ソーホー】なのです。