ある言葉を別の言葉に翻訳しようとすると、元の言葉の持つ意味が抜け落ちてしまいます。
元の言語に忠実に訳すあまり、別の言葉では何を言っているのかよく分からなくなるかと思えば、別の言語に合わせて訳してしまうと元の言語とはかけ離れた意味になってしまう。これは翻訳者が常に直面している悩みでしょうか。
今回は原題と邦題でタイトルの意味が異なる映画を選びましたが、映画の内容を考えた場合、映画のどこに注目してその邦題が付けられたかということがよく分かります。
中には、日本人にも分かるように付けられた邦題もありますし、日本人好みのロマンチックな雰囲気を持つ邦題もあります。今回はそんな原題と邦題を見比べていきながら、映画を紹介していきます。
【恋はデジャ・ブ】
作品解説
【恋はデジャ・ブ】(1993) は、監督が【アナライズ・ミー】(1999) のハロルド・レイミスで、ビル・マーレイ主演によるラブコメディです。
グラウンドホッグデーを取材するために、田舎町であるペンシルベニア州パンクスタウニーを訪れたビル・マーレイ演じる人気気象予報士フィル・コナーズが、取材を終えて戻ろうとすると吹雪によって前日宿泊したペンションにもう一泊する羽目になりました。
翌朝、コナーズが目が覚めると、その日も同じ2月2日のグラウンドホッグデーだったのです。
同じ日がリセットされて延々と繰り返されることに気づいたコナーズが、現金を盗んだり自殺を試みたりと様々なことを行うのですが、翌朝になるとなぜかまた同じ2月2日になっています。
したい放題のことをしても死のうとしてもリセットされて同じ2月2日になってしまうのですが、そうした状況の中でコナーズも次第に生き方を改めていくというのが主なストーリーです。
【恋はデジャ・ブ】の原題は”Groundhog Day” と、グラウンドホッグというネズミに似た動物を使って春の訪れを予想する天気占いの伝統行事をタイトルにしています。
日本人には馴染みのない行事であることや、原題のままだと何の映画か分からないことからこの邦題がつけられたのでしょう。
しかし、この邦題ではやや恋愛に重きを置いている感があり、この映画が本当に伝えたかったことは邦題からは分からないことも確かです。
【恋はデジャ・ブ】が、アンディ・マクダウェル演じるヒロインのリタ・ハンソンとコナーズとの恋愛ドラマという一面はあるのですが、それ以上に作品では、毎日が同じような日にしか思えない人は自分の意識や行動を変えることで昨日とは違う今日、今日とは違う明日というようにかけがえのない日々を生きていくことができ、そのことが自分だけでなく周囲の人の意識も変わっていくというメッセージが込められています。
【恋はデジャ・ブ】 では、2月2日が何度も繰り返される中でコナーズの考え方がどのように変わってきたのかを描いていますが、1年365日が同じ繰り返しのような日々にしか思えない人にとっては、【恋はデジャ・ブ】を見ることで、毎日が同じ日々の繰り返しではなく、その日にしかない貴重な時間があることに気づかされるのではないでしょうか。
基本情報
公開・製作国:1993年、アメリカ
監督:ハロルド・ライミス
原題:Groundhog Day
配給:コロンビア映画
キャスト:ビル・マーレイ、アンディ・マクダウェル、クリス・エリオット
© 2021 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED
【女と男のいる舗道】
作品解説
【女と男のいる舗道】(1963) は監督が「勝手にしやがれ」(1960) のジャン=リュック・ゴダールで、女優を夢見る1人の女性が生活苦から娼婦となり最後は悲劇的な結末を迎えるまでをモノクロームの映像で淡々と描いた映画です。
映画は12のタブローから構成されていて、それぞれの場面でアンナ・カリーナ演じるナナ・クランフランケンハイムの表情を映し出すことで彼女の内面を描いていきます。
冒頭でモノクロの画面に主人公のナナの横顔のアップが描かれるように、【女と男のいる舗道】 ではアンナ・カリーナ演じるナナのアップが随所に盛り込まれています。
その中でも最も印象的なシーンは、映画館でカール・テオドア・ドライヤー監督の無声映画である【裁かるるジャンヌ】(1929) を見ていて、映画の中のジャンヌの涙に対応するかのように流すナナの涙の表情をアップで捉えたシーンです。
この場面では、ナナは自分の未来の姿を映画の中のジャンヌに見ているようでもあります。
【女と男のいる舗道】は、原題がフランス語で”Vivre sa vie”で、直訳すると「自分らしく生きる」という意味です。
邦題の方が日本人好みのロマンチックな雰囲気が出ていいタイトルだとも思えるのですが、【女と男のいる舗道】は冒頭の場面で引用される、他人に自分を貸すのが限度で、自分を与えてはいけないというモンテーニュの言葉や、自分らしく生きることの難しさと哀しさをゴダールがこの映画で描いたことを考えれば、作品に込められたメッセージが邦題にはうまく反映されていないのではないでしょうか。
ゴダールの映画の特徴の一つとして、映画がドキュメンタリーとフィクションの境界を超えて描かれることがあります。
【女と男のいる舗道】 もそうした映画の一つで、作品そのものはフィクションであるにもかかわらず、12のタブローを見ているうちにドキュメンタリーを見ているような気分になります。
そのことは、アンナ・カリーナ以外の出演者の多くがドキュメンタリーの監督であったことも影響しているかもしれません。
基本情報
公開・製作国:1963年、フランス
監督:ジャン=リュック・ゴダール
原題:Vivre sa vie: Film en douze tableaux
配給:パンテオン・ディストリビュシオン
キャスト:アンナ・カリーナ、サディ・レボ、アンドレ・S・ラバルト
公式サイト:http://www.zaziefilms.com/legrand01_88/
配信:[U-NEXT](PR)
© 1962LES FILMS DE LA PLEIADE. Paris
【あの頃ペニー・レインと】
作品解説
【あの頃ペニー・レインと】(2001) は、実際に『ローリング・ストーン』誌の記者だったキャメロン・クロウが監督・脚本を務めた半自伝的な内容の音楽映画です。
パトリック・フュジット演じるウィリアム・ミラーは、姉アニータからもらったロックのレコードを聞いているうちにロックライターになることを志しました。
ある日、クリームマガジン誌に掲載されたブラックサバスの記事が評価されたことから、「ローリングストーン」誌の記者となり、スティルウォーターのツアーに同行して密着取材の原稿を書くことを依頼されました。
ロックライターとしてバンドに同行した時に起こったできごとから、バンドの同行記事が雑誌に掲載されるまでをウィリアム・ミラーの目を通して描いたのが本作品のストーリーです。
【あの頃ペニー・レインと】の原題は”Almost Famous”で、直訳すると「ほとんど有名な」という意味になり、ブレイク寸前だったスティルウォーターのツアーに同行したことからこのタイトルがつけられたのでしょう。
しかし、この原題を映画のタイトルにしてもピント来ないということもあって、【あの頃ペニー・レインと】 というタイトルが付けられたのかもしれません。
邦題のペニーレインとは、ケイト・ハドソン演じるグルーピーのことで、ウィリアムとはブラックサバスのコンサートで知り合い、スティルウォーターのツアーでも一緒でした。
一緒にいるうちにウィリアムはペニーレインに惹かれ好きになっていくことから、どちらかといえば原題よりも邦題の方が映画をイメージしやすいようです。
ブレイク寸前のバンドから映画のタイトルがつけられたと書きましたが、映画の中のウィリアムもまだ駆け出しのライターだったということを考えれば、”Almost Famous”というのは、バンドだけでなくこれからロックライターとして成長していくウィリアム=キャメロン・クロウ自身のことでもあるといえるのではないでしょうか。
基本情報
公開・製作国:2001年、アメリカ
監督:キャメロン・クロウ
原題:Almost Famous
配給:パンテオン・ディストリビュシオン
キャスト:パトリック・フュジット、ビリー・クラダップ、ケイト・ハドソン
TM & ©2000 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. AND DREAMWORKS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
【ベルリン・天使の詩】
作品解説
【ベルリン・天使の詩】(1988) は、監督が【パリ、テキサス】(1985) で有名なヴィム・ヴェンダースによる、ベルリンの空から人間を見守ってきた天使を描いたファンタジーな映画です。
【ベルリン・天使の詩】では主に3人の天使、もしくはかって天使だった人物が描かれています。
1人はブルーノ・ガンツ演じる守護天使ダミエルで、彼は長年の間人間を見守ってきたものの、サーカスの空中ブランコ乗りであるソルヴェーグ・ドマルタン演じるマリオンに恋をしたことから、人間になることを選び彼女と出合います。
ダミエルの親友であるオットー・ザンダー演じる守護天使カシエルは、ダミエルが人間になることを見守るのですが、自分は最後まで人間に寄り添うという天使のままでいます。
そして、かって天使であり今は人間として俳優になっている本人役で登場しているピーター・フォークは、ベルリンで撮影される映画に出演するためにやってきました。
ベルリンを舞台に元天使を含めた3人が軸としてストーリーが展開していきます。
【ベルリン・天使の詩】の原題はドイツ語で”Der Himmel über Berlin”で、直訳すると「ベルリンの空」となります。
これは映画の中で何度も上空から俯瞰したベルリンの街が映し出されていることから、天使が空から人間を見守っているということを表しています。
そう考えると、邦題は少しニュアンスが異なるようにも思えるのですが、天使から見た世界というのは灰色の中で、人間の声にならない声というのが聞こえてきます。
その声なき声というのが【ベルリン・天使の詩】では詩のように聞こえることを考えると、この邦題もセンスの良さを感じさせてくれるのではないでしょうか。
ダミエルとカシエルが対照的なのは、それぞれがピーター・フォークに出合う場面です。
人間となったピーター・フォークは、天使を見ることはできないのですが感じることはできるため、それぞれの天使に握手を求めます。
天使のダミエルはピーター・フォークの手を握り、人間となってからピーター・フォークと再会しますが、一方のカシエルは握手を求めるピーター・フォークをただ遠くから見つめるだけでした。
この場面では、人間に対するダミエルとカシエルの考え方の違いがよりくっきりと浮き彫りにされています。
最後になりますが、【ベルリン・天使の詩】は、ベルリンの壁が崩壊する前に撮影されました。
そうした背景も含めて映画を見ると、モノクロの世界で天使にしか聞こえない人間の声なき声というのがまた違った意味を持ってくるのではないでしょうか。
基本情報
公開・製作国:1988年、フランス、西ドイツ
監督: ヴィム・ヴェンダース
原題:Der Himmel über Berlin
配給:フランス映画社
キャスト:ブルーノ・ガンツ、ソルヴェーグ・ドマルタン、ピーター・フォーク
公式サイト:http://wenders-retrospective2021.com/
配信:[U-NEXT](PR)
© 1987 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH and ARGOS FILMS S.A.
【ベッカムに恋して】
作品解説
【ベッカムに恋して】(2002) はグリンダ・チャーダ監督による、イギリスの女子フットボールで奮闘するインド人の女の子を描いた青春映画です。
インド人の家庭で生まれ育ったパーミンダ・ナーグラ演じるジェス・バームラは、フットボールとベッカムが好きな女の子でした。
ある日公園でサッカーをしているところをキーラ・ナイトレイ演じるジュールズ・パクストンの目に留まったことがきっかけで、ジュールズが所属するフットボールのクラブに誘われ、コーチにもその才能を見込まれました。
保守的なお母さんからの反対があったものの、めげずに自分の好きなフットボールを続けていく、というのがこの映画の大まかなストーリーです。
簡単にあらすじだけを紹介すると、よくあるスポーツを取り入れた青春映画のようですが、【ベッカムに恋して】 が面白いのは、イギリスで暮らすインド人の家族や暮らしがとても丁寧に描かれていることです。
女性がフットボールなんてもってのほかという母親に、かってクリケットの選手だったもののインド人だったという理由で差別された苦い経験がある父親ですが、同じように反対するものの母親と父親では反対の仕方に温度差があるのが映画を見るとよく分かります。
アヌパム・カー演じるジェスの父親は、自分と同じような思いを娘にしてほしくないとの思いから、最初はジェスがフットボールをすることに反対するのですが、そこから一時はフットボールを諦めかけたジェスに、お姉さんの結婚式に笑顔になれないのなら試合に行けと、ジェスの背中を押してあげるのでした。
【ベッカムに恋して】の原題は”Bend It Like Beckham”で、直訳すると「ベッカムのようにボールを曲げたい」で、ベッカムのような弧を描くキックを打ちたいというジェスの気持ちをタイトルにしています。
邦題を見ただけですとベッカムの追っかけをしている女の子というようなイメージがあるので、この映画も原題と邦題で少し温度差があるかもしれません。
【ベッカムに恋して】 は、題材こそよくあるスポーツと青春をおりまぜた映画ですが、主人公のジェスをはじめ映画に登場する人物のそれぞれが個性的かつ丁寧に描かれていることから、ジェスのフットボールに対するひたむきな思いが見る者にとても伝わってきます。
ボールは曲げてもフットボールに対する自分の信念は曲げないというジェスの思いがとても強く伝わってくる映画です。
基本情報
公開・製作国:2002年、イギリス
監督:グリンダ・チャーダ
原題:Bend It Like Beckham
配給:ユナイテッド・アーティスツ
キャスト:パーミンダ・ナーグラ、キーラ・ナイトレイ、ジョナサン・リース=マイヤーズ
配信:現在、配信中のサービスはありません。
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