映画【ノマドランド】は、第77回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞、第45回トロント国際映画際で観客賞と初の2冠を達成し、第93回アカデミー賞にもノミネートされていることから大きく注目されています。主演を演じるのは【ファーゴ】(1996)、【スリー・ビルボート】(2017)にて主演女優賞を獲得しているフランシス・マクド―マンド。社会的に見放された現実なのはたしかだけれど詩的でありドキュメンタリーのような、ロードムービーのような作品の美しいタッチに注目。
【ノマドランド】のあらすじ
ネバダ州にある町、エンパイア。
ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、アメリカの経済悪化に伴い、夫・ボーが働いていた石膏工場の閉鎖によって町はゴーストタウンと化し、ボーの死という相次ぐ不幸に見舞われてしまいます。
町で臨時教師をしていたファーンは、職はもちろん家すらも手放すことになってしまいました。
途方に暮れていたファーンは、考えた結果自家用車のバンに最低限の荷物を積んで全米各地で日雇いの仕事をはしごしながら旅することを決意します。
日雇い先で出会う、彼女のように自家用車で旅をする人々と交流を深めていく彼女でしたが――。
Rotten Tomatoes評価
94% 82%
TOMATOMETER AUDIENCE SCORE
【ノマドランド】とは
「現代のノマド」
そもそも、「ノマド」とは英語で「遊牧民(nomad)」を意味する言葉。
自家用車を家とし、各地を点々と移動して生活する彼/彼女らは「現代のノマド」と称されているそう。
末期のガンで残りの時間を旅して過ごしたい、後悔した人生を送りたくない、など理由はさまざま。
しかし、ファーンのようにノマド生活をしたくて始めたわけではない人々もいます。
経済悪化により家を手放すしかなく、日雇いとして拠点を点々と暮らす日々。
不安定な上に頼れるものは自分しかいない、という状況下です。
それでも彼/彼女らが自尊心を忘れずに、社会から見放された者同士 助け合いの精神を持ってお互い協力し合う姿を垣間見ることのできる作品だと思います。
生きる力、自然と寄り添う
アマゾンの物流センターでの日雇いを終え、仕事で知り合ったリンダから誘われたノマドユーザーを支援する目的で開かれる、ボブ・ウェルズ主催の「砂漠の集い」に、1度は断るものの結局参加することにしたファーン。
そこで多くのノマド生活者と出会い、自分ひとりで生きてゆくためのライフハックを学ぶことになります。
その後、ファーンのバンがパンクをしたことをきっかけに知り合ったスワンキーにも多くのことを学びつつ、バッドランズ国立公園にあるキャンプ場、ハンバーガーショップ「ウォール・ドラッグ」、サトウダイコン加工工場などさまざまな場所で日雇いとして働きつつ、その土地でしか体験できないようなツアーに参加したり自然の中を散歩したりと多くの経験を積んでいきます。
移動中のバンを後ろから撮っているシーンでは、まっすぐ敷かれる1本道に、遮るものなくスクリーンいっぱいに展開される、延々と続く広大な自然。
今後の不安さが滲んでいたファーンが成長していく過程にも注目して没入してみてください。
映画にキャストが馴染んでいる理由
本作の原作小説である「ノマド:漂流する高齢労働者」に衝撃を受け、自ら映画権を購入した彼女。
実際にアマゾンの物流センターで梱包作業の日雇いに従事したり、車上生活を送ったりと役作りのためノマド生活者と同じ生活をしていたのだとか。
65歳になったら名前をファーンに変えたい、という希望もあるそうで、そこから今回の役名はファーンになったのかもしれません。
また、マクドーマンドとデヴィッド役のデヴィッド・ストラザーン以外は、俳優を本職としていない人々が採用され、実際に車上生活を行っている人々を採用するなど、限りなく自然体に見えるような工夫がなされています。
「俳優ではない人々が演じる」という手法は、監督であるクロエ・ジャオが脚光を浴びるきっかけとなった前作【ザ・ライダー】(2017)などでも行われており、第42回トロント国際映画祭で【ザ・ライダー】を観て感動したマクドーマンドが本作の監督として起用したそうです。
【ノマドランド】のまとめ
かぎりなく自然を身近に、人間は生きることができるのだな、と実感させてくれる作品だと思います。
年金も少なく、仕事がしたいのにろくに仕事がない、誰にも頼れずたったひとり。
突然社会的に放られた状況でも、彼/彼女らはたくましく、自分たちのことを決して惨めだと思うことなく、自分の思うがままに自分のできる範囲で自然と共に過ごす。
そういった生き方は、少なからず今後の将来を不安視する日本はもちろん、多くの若者たちに何か思うことをもたらしてくれるのではないか、主人公が女性であることで救われる人もいるのではないか、と感じました。
しかし、本作はあくまでも登場人物がほぼ白人であることも頭においておきたい作品。
そもそも自家用車が買えないくらい金銭面に困っている人や、もしも有色人種だった場合、はたしてここまですんなりと日雇いの職に次々とありつくことができるのでしょうか。
そういった広い観点から注目してみても、新しい発見がある作品かもしれないと思います。
まだまだどうなっていくかわからない不安にまみれた今日、ボブ・ウェルズがラストに話していた言葉「I’ll see you down the road.(いつかどこかでまた会おう。)」を胸に頑張っていきたい。
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