- 製作:2019年
- 原題:Us
- 監督:ジョーダン・ピール
- キャスト:ルピタ・ニョンゴ,ウィンストン・デューク,エリザベス・モス,ティム・ハイデッカー,シャハディ・ライト・ジョセフ,エバン・アレックス,ヤーヤ・アブデゥル=マティーン二世
- VOD:[U-NEXT] [Prime Video]
この世には自分とよく似た人間が3人いて、そのうちの2人と出会うとたちまち死んでしまうと言われています。いわゆるドッペルゲンガー現象というものですが、自分とよく似た人間に出会う、あるいは自分の知らないところで自分とよく似た人間が何かをしているという小説や映画はたくさんあります。
中でも有名なのはポーの「ウィリアム・ウィルソン」という作品ですが、これは邪悪な心を持つ自分が、何かと邪魔をするもう1人の自分を殺してしまうことで、良心を失い悪徳に染まってしまうという話でした。では、自分が影のようなもう1人の自分に出会ったらどうなるのか、というのが今回紹介する映画「アス」です。良心を持った自分が邪悪な影に襲われる怖さを、この映画で堪能してみてください・・・
あらすじ
子供の頃、両親とともにサンタクルーズにある遊園地を訪れたアデレード・ウィルソンは、ビーチに建てられたミラーハウスに迷い込んでしまい、そこで自分とそっくりな少女と出会ったショックから失語症になってしまいます。その後、失語症も克服して大人になったアデレードは、夫と2人の子供と幸せな家庭を築いていました。
そんなある日、一家は夏休みを利用してアデレードが幼少期に住んでいたサンタクルーズの家を訪れた際、そこで彼女は言いようのない不安に駆られるのですが、夫に説得されてビーチへと出かけます。ビーチでは友人のタイラー一家と落ち合いましたが、アデレードの長男であるジェイソンはビーチで腕から血を流して立っている気味の悪い男を見つけます。
その夜、アデレードは子供の頃にこの場所で起こった出来事やそれが元でトラウマになったことを夫のゲイブに話をするのですが、ゲイブがアデレードをなだめようとした時に停電が起こり、ジェイソンが窓の外を見ると、そこには4人の不審者が立っていたのです。
ゲイブはバットを持って不審者を追い払おうとするものの、かまわず4人はそのまま室内に入っていきウィルソン一家と対面しますが、その不審者は自分たちとそっくりなドッペルゲンガーでした・・・
2つの恐怖を描いた映画
映画「アス」は、もう1人の自分と出会ったときの恐怖と、悪意を持ったもう1人の自分に襲われるという2つの恐怖を描いた映画といえます。人がもう1人の自分と出会ったときに恐怖を感じるのは、それまで自分は唯一の存在だと思っていたアイデンティティが、もう1人の自分と出会うことで崩れてしまうからでしょう。
そっくりなもう1人の自分と出会うことで、ひょっとしたら自分は唯一の存在ではなく、そっくりな自分と入れ替え可能なのかという思いから、そもそも私とはいったい何なのかという恐怖があります。そして悪意を持ったもう1人の自分に襲われるということは、自分の存在だけでなく、今の生活をも脅かされるという恐怖を感じることでしょう。
映画「アス」の冒頭でウサギが描かれていることや、幼年時代のアデレード・ウィルソンがミラーハウスに迷い込むという場面は、まるでルイス・キャロルが描くアリスの世界のようです。「不思議な国のアリス」で描かれているのは、それまで確かだと思っていた自分のアイデンティティがそうではなくなり、私とは何かという問いかけです。
そういう意味では、映画「アス」で描かれているのも、もう1人の自分と出会うことでそれまでのアイデンティティが崩れ去ることによって起こる、私とは何かという問いかけの映画ではないでしょうか。そしてその問いかけに対して思わずぞっとするのは、ラストで描かれるアデレードの本当の姿ともいえるでしょう。
映画にちりばめられたオマージュ
監督のジョーダン・ピールは、映画「アス」を撮影する前に多くのホラー映画を鑑賞したそうです。その影響もあるのか、映画「アス」にはよく見るとホラー映画や文学作品のオマージュともいえる場面が多く見られます。
まず一家の名前のウィルソンというのは、冒頭でも述べたポーの「ウィリアム・ウィルソン」からとられているように思えますし、アデレードの長男の名前ジェイソンは、映画「13日の金曜日」のジェイソン・ボーヒーズからとったのは間違いないでしょう。(さらにジェイソンのドッペルゲンガーであるプルートーがつけているマスクを見れば、「13日の金曜日」のジェイソンを思い浮かべる人も少なくないでしょう。)
また、タイラー一家の2人の娘が並んで立っている姿は映画「シャイニング」で登場する双子の亡霊のようですし、ドッペルゲンガーが手に持つハサミは映画「エルム街の悪夢」に登場するフレディ・クルーガーの鉤爪を彷彿させます。さらにドッペルゲンガーが無言で家に侵入する姿はゾンビのようにも見え、侵入した家の家族をいきなり襲う姿は映画「ファニーゲーム」のオマージュともいえます。
映画「アス」では、ドッペルゲンガーが実はアメリカ政府が実験で作ったクローンだと述べられますが、なぜこうしたクローンが描かれたのか、なぜ彼らは赤い服を着ているのか、なぜ言葉がしゃべれないのかということは映画の中では謎のままです。
ですが、背筋がぞっとするホラー映画というは、謎を説明するのではなく、謎を謎のまま不条理に描くことにあります。なぜ監督が映画の中に多くのホラー映画のオマージュをまるでコラージュのように盛り込んだことも謎ですが、そうしたことも観る者に対して得体の知れない恐怖を与えているのが映画「アス」なのでしょう。