映画【ノー・ウェイ・アウト】は、2021年に公開されたイギリスのNetfilxホラー映画。アメリカンドリームを夢見ていた主人公が、クリーブランドにある古いアパートで経験した不気味な物語を描いています。原作は、イギリスでその年最高の小説を選ぶ英国幻想文学大賞(オーガスト・ダーレス賞)受賞作であり、”The Ritual”の原作者アダム・ネヴィルの同名小説に基づいています。
あらすじ
1963年メキシコで、アーサー・ウェルズ(フィル・ロバートソン)が古代アステカ文明の遺跡から謎の石箱を発見しました。
場面は変わり、ある古いアパートに入居したメキシコ系女性のシモーナ(ジョナ・ボルジャ)の前に石の箱が登場し、何者かに襲われます。
日が経ち、母親(クラウディア・コールター)を病気で亡くしたアンバー・クルーズ(クリスティーナ・ロドロ)は、メキシコからアメリカオハイオ州クリーブランドに不法入国しました。
アンバーは、大家のレッド(マ-ク・メンチャカ)が最上階に住む、下町にある古いアパートの204号室を借り、ミシン工場に勤めることにしました。
このアパートには、先に入居したフレヤ(バラ・ノレン)とアンバーしか入居者はいません。
そしてこのアパートには、レッドから入らないよう言われている鍵のかかった1室がありました。
後日、アンバーは新しく入居してきたマリア(イオアナ・イリンカ・ネアクス)とペトラ(コスミナ・ストラタン)に出会います。
ある日の夜、寝る前に携帯電話で母の声を聞いていた時、下の階にいるを見ました。
彼は、レッドの兄で精神病を患っているベッカー(デヴィッド・フィリオリ)で、扉に頭を打ちつけて何かをつぶやいていました。
アンバーは、気にすることなく母から撫でられる夢を見て眠りにつきます。
翌日、アンバーは亡き母のいとこベト(デヴィッド・バレラ)に会いにいき、仕事を紹介するから身分証を持ってくるよう言われました。
しかし、アンバーはアメリカで生まれたと嘘をついていたため、身分証はありません。
そこで、彼女は職場のキンシ(モロンケ·アキノラ)という女性に偽の身分証を作ってもらうための代金として3000ドルを渡しましたが、キンシは金を持ち逃げして消息不明になってしまったのです。
その日の夜、アンバーは風呂の排水溝の中から「助けて」と言う声が聞いたり、 「アーサーに苦しめられる」と言う幽霊のメアリー(ヴィクトリア·アルコック)を見ました。
古いアパートと幽霊の存在に恐怖を感じたアンバーはアパートを出ました。
しかし、地下鉄で彼女の前に石の箱が現れて……。
監督と出演者
サンティアゴ・メンギーニ監督
”サンティアゴ・メンギーニ監督”について:映画監督、視覚効果アーティスト、プロデューサー。
モントリオールのメル・ホッペンハイム映画学校で映画制作の学士号を取得し、ドーソン・カレッジで映画、ビデオ、コミュニケーションの中等課程を修了。
彼の短編映画は、数多くの映画祭で選ばれ、長年に渡って様々な賞を受賞しており、特に【Milk】(2018)は、ニュー・ライン・シネマによって長編映画化の開発中です。
彼の最新短編映画【Regret】(2020)は、2020年サンダンス映画祭で世界初演され、SXSW2020でミッドナイト審査員賞を受賞しました。
代表作:【Intruders】(2014)、【Voyagers】(2015)、【Red Wine】(2019)など。
アンバー・クルーズ
登場人物:病気の母親を亡くした後、アメリカに不法入国し古くて安いアパートに入居する。キンシにお金を持ち逃げされたあとアパートを出ようとしましたが、大家に閉じ込められてしまいます。
キャスト:クリスティーナ・ロドロ
出演作:【Run Coyote Run】(2017)、【ミス・リベンジ】(2019)、【トゥー・オールド・トゥー・ダイ・ヤング】(2019)など。
”クリスティーナ・ロドロ”について:1990年5月21日、メキシコ・トレオン出身。
幼い頃から演技に深い情熱を示しており、学生時代に舞台で演技をしていました。
デビュー作の映画【Verano 79】(2008)での演技が評価され、最優秀新人賞にノミネートされました。
レッド
登場人物:アンバーが入居したアパートの大家で、精神病を患うベッカーの弟。アパートの最上階で兄弟共に住んでいます。
キャスト:マーク・メンチャカ
出演作:【Black Jack】(2011)、【Homeland】(2011)、【Reservoir】(2013)、【Inside Amy Schumer】(2013-2015)、【She’s Lost Control】(2014)、【Ozark】(2017-2018)、【Manifest/マニフェスト】(2019)、【アウトサイダー】(2019)、【The Retaliators】(2021)など。
”マーク・メンチャカ”について:1975年10月10日、アメリカ合衆国テキサス州サンアンジェロ出身の俳優兼作家。
【Beyond the Prairie, Part 2: The True Story of Laura Ingalls Wilder】(2002)で映画デビューし、ハートランド国際映画祭受賞作【This Is Where We Live】(2013)では共同監督・脚本、主演男優を務め、2016年ブレッケンリッジ映画祭主演男優賞を受賞しました。
【Reparation】(2015)で記憶喪失に苦しむボブ・スティーブンス役を演じ、ブレッケンリッジ映画祭主演男優賞を受賞しました。
【Alone】(2020)のサム役で、マンモスフィルムフェスティバル長編主演男優賞、オックスフォードインターナショナルフェスティバル(OXIFF)では主演男優賞を受賞しました。
印象的なハウスホラー演出
静けさと小さな音、闇や強烈なビジュアルが緊張感と奇怪さを引き出し恐怖へとつなげ、事件の顛末が明らかになってからは、暴力性と残忍性が濃いシーンが多く見られました。
この映画では、最後まで石箱の存在は明らかにされないままだったため、続編を匂わせるような結末となっています。
暗いアパートや古いベッド、不法移民者に不親切な大家、部屋の排水溝から聞こえる不気味な声など、全てが身の毛がよだつほど恐ろしく、そういう意味では【サイレントヒル】(2006)を連想させます。
父から子へと受け継がれた儀式
アンバーが入居したアパートは、レッドとベッカー兄弟の父親で考古学者のアーサーが発掘した遺物の箱の中にいる、悪魔に占領された場所だったのです。
アーサーは、古代儀式について研究し悪魔の崇拝者として儀式を行う方法を知るようになってから、長年多くの女性を犠牲にしてきました。
妻メアリーが阻止しようとしたものの、狂ったアーサーはメアリーを殺害して生贄として捧げたのです。
アーサーの横暴に耐えかねた兄弟は父親を殺害しましたが、その過程でベッカーが悪魔に取り憑かれてしまいました。
その後、兄弟は父親がやってきた女性を生贄に捧げる人生を受け継いで来たのです。
アンバーの人生
アンバーは、夢だった大学進学を諦めて母親を看病してきたものの母は亡くなり、自分の人生を思い通りに過ごせない不幸な人生を歩んで来たという、見るからに可哀想な人物ですが実際は違いました。
実は彼女は自分の人生を歩むために母親を殺し、逃げるようにアメリカに渡ってきましたが、アンバーが入居したアパートではクリーチャーによる処罰が行われていたのです。
母親殺しの罪と不法入国した罪を負ったアンバーは、その処罰に相応しい人物でした。
祭壇に縛られたアンバーは、幻影の中で病気になった母親を看病する自分と、傍に居て欲しいと願う母親の姿が見えました。
この場面の演出でとても印象的だったのが、幻影の中の母親の手がクリーチャーの手だったということ。
アンバーは母親を愛していましたが、心の奥底には母親の看病に何年も費やした後悔と無念さが残っていたのです。
また、アンバーの美しい髪を好んだ母親の「髪を100回とかすまでは、外に出さなかった」という台詞を通じ、母親がアンバーを人形のように扱ってきたことも明らかになりました。
母親の態度はアンバーにとっては拘束同様でした。
アンバーが夢の中で”枕で母親を窒息死させる”ことでクリーチャーから抜け出すシーンがありましたが、これはアンバー自身が前に進むという強い意志を表現しているのかもしれません。
クリーチャーと呪われた石箱
本作のクリーチャーは、映画でよく表現される悪魔のようなビジュアルとはかなりかけ離れており、エイリアンのように奇怪な姿がとても印象的でした。
クリーチャーが潜んでいた石箱は、メキシコの古代アステカ文明で生贄の儀式に使われていた箱。
その石箱の中には、生贄にされた女性や子供などの怨念が封じ込められており、まさに女性のみをターゲットにしたクリーチャーは、アステカ神話の女神チコメコアトルから影響を受けたものと思われます。
両親や母国を捨て、アメリカに不法入国したシモーナやアンバーを、クリーチャーの石箱がおびき寄せて蝕んだのかも知れません。
蛾に隠された3つの意味
1.アンバーの母親
アパートの中には常に蛾が飛び交っていましたが、それには映画の重要な役割が3つ隠されていました。
アンバーが、アパートのベッドの横にいた蛾を手で叩き殺した後、その蛾が再び羽ばたいて母親が現れた事から、1つ目の蛾は母親を指しています。
そして、映画の終盤でアンバーの手の中から蛾が出て来たのは、自分が母親と同じ世界にいるという意味であることを告げているのでしょう。
2.現実と夢の二面性
蛾の2つの羽は、現実と夢、つまり死後の世界を表現していると思われます。
映画のエンディングで、蛾の羽が左右反転になった万華鏡からは、この映画は最初から最後まで現実と夢や死後の世界の狭間にいることを表しているのでしょう。
3.親と子の気持ち
映画の序盤でクリーチャーの犠牲になったシモーナも、家族との何らかのトラブルでアメリカに来た事が電話での会話から分かります。
シモーナとアンバーの共通点は、両親に対しての背徳。
蛾の羽には、彼女達の両親に対しての罪悪感と両親の子への想いが引き合わせているように見えます。
生きているのか死んでいるのか
これまで、アンバーが見て来た悪夢は母を殺害した罪悪感と母を失ったことによる空虚が原因で、それに気づいたアンバーは自分が犯した罪を受け入れました。
そして映画の末で、アンバーは生贄に捧げられる前に一度足を折れられていましたが、脱出の時には何事もなかったように完治しています。
この点から、アンバーは既に亡くなっていると捉える事が出来ます。
しかし、アパートにやって来た当初から石箱からクリーチャーが出て来る夢や、母親に髪の毛を撫でられる夢を見ていたため、この時は生きていたのか亡くなっていたのかは明らかになっていません。
ただ、最後の儀式の時に悪魔の手をした母親に髪を撫でられる夢を見ていたことから、アンバーはクリーチャーに頭を喰われた可能性が大きいです。
最後にアンバーが流した涙とこぼした笑みは、彼女のこれまでの辛い人生の終わりを告げると同時に、アパートで永遠に彷徨い続けていくことを告げているのです。
不法移民に対する嫌悪感
メキシコ人移民だったアンバーは、偽の身分証を手に入れアメリカで暮らそうとしていましたが、結果的に彼女は崖っぷちに向かってしまいました。
それは、アンバーが古いアパートに入居した時から始まっていたのです。
実は、クリーブランドのアパートは不法移民を一ヶ所に集めるための目的で部屋を貸していました。
そして、アンバーのお金を持ち逃げしたキンシも、この地から不法移民者を完全に追い出す組織に近い存在だったのです。
身分証も手に入れられずお金も失ったアンバーに残された選択肢は死だけでした。
アンバーがこのような状況に陥ったのは、すべて不法移民であるということから。
不法移民に向けられる目はとても厳しく、アンバーもその犠牲となったひとりだったのです。
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