人は前を向いて歩きます。歩く先に何があるのかは人それぞれですが、何かを求めるために歩くこともあれば、失われた何かを取り戻すために人は歩きます。あるいは、人は一人で歩くこともあれば、友達や恋人、ひょんなことから出合った人と歩くこともあります。歩いた先に何があるのか、人は歩くことによって、何を見つけ、何かが変わっていくのか。今回は、❞歩くことで何を見つけたのか❞ という映画を5選紹介します。
「転々」
作品解説
【転々】(2007) は、監督が【亀は意外と速く泳ぐ】(2005)などで知られる 三木聡、原作は藤田宜永の同名の小説を映画化したものです。
この映画は借金を抱えた学生と、誤って妻を殺してしまった借金取りの二人が東京を散歩するという話ですが、一見つながりのない二人を結びつけているのは散歩をすることで見つける思い出です。
昔を振り返りたくない学生は借金取りと歩くうちに少しづつ自分の思い出を取り戻し、借金取りは東京を散歩することで亡き妻との思い出を語るという、お互いの思い出を再発見することで、どことなく二人が惹かれていくようになります。
思い出したくない思い出というものは、人は心の片隅に閉じ込めて忘れてしまおうとするのですが、どこかでひょっこりと思い出すことがあります。
ですが、いやだと思っていた思い出も、時間が経って思い出してみれば、それほど悪いものではなかったのではということもあります。
ある人の思い出が、他の人の思い出を呼び覚まし、そうしているうちにお互い親しみを覚える、この映画はそんな思い出で結びついた二人の映画です。
基本情報
公開・製作国:2007年、日本
監督:三木聡
配給:スタイルジャム
キャスト:オダギリジョー、三浦友和、小泉今日子、吉高由里子
©2007「転々」フィルムパートナーズ
Rotten Tomatos
批評家の評価|–%
オーディエンス評価|–%
「スタンド・バイ・ミー」
作品解説
【スタンド・バイ・ミー】(1987) は、監督が【恋人たちの予感】(1989) のロブ・ライナー、原作はホラー作家で名高いスティーヴン・キングです。
線路を歩くシーンがあまりに有名な作品なので、この映画の話をすれば「ああ、あの線路を歩いている少年たちの映画」という人は多いでしょう。
ただし、この映画は年齢によって見方が変わる作品で、若い頃に見ると無謀だけど若い頃にしかできないことをやり遂げた青春の映画のように見てしまいます。
しかし、映画の冒頭で回想する作家と同じような年齢になって見ると、青春というのはその頃にしか出合えない友人と出合い、その頃にしかできないことを共にやったからこそ忘れられない思い出になっているというのが分かります。
つまり、若い頃はこれが❞4人のうちの1人が回想している映画だとは気が付かずにリアルな物語❞として見るのに対して、年を取って改めて見ると❞その時にしか出合えなかった物語を思い出すかのように映画を見る自分❞に気が付くでしょう。
青春は甘くてほろ苦いものといいますが、ほろ苦いものだと気が付くのは、4人少年のうちの1人であるゴーディが大人になり、あの頃を回想したときに初めて感じる気持ちなのかもしれません。
基本情報
公開・製作国:1987年、アメリカ
監督:ロブ・ライナー
原題:Stand by Me
配給:コロンビア ピクチャーズ
キャスト:ウィル・ウィートン、リヴァー・フェニックス、コリー・フェルドマン、
ジェリー・オコンネル
©1986 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
Rotten Tomatos
批評家の評価|91%
オーディエンス評価|94%
「わたしに会うまでの1600キロ」
作品解説
【わたしに会うまでの1600キロ】(2015) は、監督が【ヴィクトリア女王 世紀の愛】(2009) のジャン=マルク・ヴァレで、シェリル・ストレイドの自叙伝が原作です。
それまでトレッキングの経験がなかった女性が自分を見つめ直そうと、数千マイルにもわたるパシフィック・クレスト・トレイルをたった一人で歩き通すという映画ですが、なぜ彼女が無謀とも思えるような過酷な一人旅を決心したのかというのは、ところどころに回想という形で挿入されます。
人は思い出を振り返るために歩くこともあれば、何とか前に進もうという気持ちから歩くこともあります。
歩くことで、日常生活では直視できなかった自分と向き合うことができる場合があるからです。
また、人は生きていると、自分では立ち直れないほどの心の傷を負ってしまうということを経験することがあります。
そこから、自分は心の傷から目をそむけ打ちひしがれてしまうのか、心の傷に自ら目を向けることで、そこから立ち直っていこうとするかという選択を迫られます。
心の傷を心の傷として受け止め、そのことを真摯に見つめるために【わたしに会うまでの1600キロ】(2015) のシェリル・ストレイドは、あえてこうした一人旅を選んだのだといえます。
この映画が人の心を打つのは、人は生きている限りどんな辛いことがあってもそこから立ち直れる自分がいるというメッセージが、映画を通じて見る者に伝わるからでしょう。
基本情報
公開・製作国:2015年、アメリカ
監督:ジャン=マルク・ヴァレ
原題:Wild
配給:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ
キャスト:リース・ウィザースプーン、ローラ・ダーン
©2014 Twentieth Century Fox
Rotten Tomatos
批評家の評価|88%
オーディエンス評価|75%
「ブルジョワジーの密かな楽しみ」
作品解説
【ブルジョワジーの密かな楽しみ】(1974) は、監督が【アンダルシアの犬】(1929) のルイス・ブニュエルで、ブルジョワジーの日常をシニカルかつユーモアに描いた作品です。
この映画の面白いところは、駐仏ミランダ共和国大使であるラファエル・アコスタ以外の人物は、何だかお金持ちそうだけど何をやっているのかよく分からないというところ。
ブルジョアジーというのは簡単にいえば資本家のことですが、この辺りにブルジョアジーのうさん臭さを皮肉を込めて描いているようです。
また、映画の中のブルジョアジーは移動するときは必ず車を使っていることから、車で移動する場面が頻繁に出てくるのですが、ストーリーとは関係なく唐突に、何もないまっすぐな道をブルジョアジーがただひたすら歩いていくという場面がシュールに挿入されています。
映画の大まかなストーリーは、ブルジョアジーが食事をしようとするたびに、邪魔が入って食事ができないというものなのですが、欲望を満たすことができないということと何もない一本の道をただひたすら歩くという場面はどこかでつながりがあるのでしょう。
【ブルジョワジーの密かな楽しみ】(1974) では、夢落ちの場面と幽霊が生きている人間に語りかける場面というのも頻繁に出てきます。
物質的な欲望を追い求めるブルジョアジーに対して、精神的な夢や幽霊、あるいはまっすぐに続く一本の道というのは、ブルジョアジーだけではなく、今を生きる私たちも、満たされることのない道を歩いていく虚しさのようなものの象徴なのかもしれません。
基本情報
公開・製作国:1974年、フランス
監督:ルイス・ブニュエル
原題:Le Charme discret de la bourgeoisie
配給:カルロッタ・フィルム
キャスト:ジャン=ピエール・カッセル、フェルナンド・レイ、デルフィーヌ・セイリグ
配信:現在配信中のサービスはありません
Rotten Tomatos
批評家の評価|98%
オーディエンス評価|89%
「友だちのうちはどこ?」
作品解説
【友だちのうちはどこ?】(1993) は監督が【そして人生はつづく】(1993) のアッバス・キアロスタミで、友だちのノートを間違って持って帰った少年が、ノートを返そうと友だちの家を探すというストーリーです。
少年アハマッドは、友だちの家を求めて遠くまで歩き回るのですが、そのたびに出合う大人たちに翻弄されます。
それでもアハマッドはあきらめようとせずに、友だちの家を探そうとします。
大人を見るアハマッドの目はどこか頼りなげですが、ただ一冊のノートを返すために友だちの家を探そうと歩く姿には純粋な感動を覚えます。
イランという国の名前は知っていますが、イランがどんな国なのかというのはよく分からない人が多いのではないでしょうか。
ニュースだけを見ていると、イスラム教のちょっと怖い国というイメージですが、【友だちのうちはどこ?】(1993) を見ていると、少年の素朴な姿や周りの風景がひと昔前の日本の風景とどこか重なるような、ちょっとしたデジャヴに襲われます。
以前、中近東の国で日本のドラマの「おしん」がヒットしたという話を聞いた時は、少し違和感を覚えたものですが、【友だちのうちはどこ?】(1993) を見ると、かって日本にもあったものが、映画の中のイランにも見られることで、それまで遠い国としてぼんやりとしたイメージしか持っていなかったイランに対して、近い国のような親しみを感じてしまうのは私だけではないでしょう。
基本情報
公開・製作国:1993年、イラン
監督:アッバス・キアロスタミ
原題:Where Is the Friend’s House?
配給:ユーロスペース
キャスト:ババク・アハマッドプール、アハマッド・アハマッドプール、 ホダバフシュ・デファイ
公式サイト:[U-NEXT](PR) 、[Prime Video] (PR) 、
©1987 KANOON
Rotten Tomatos
批評家の評価|100%
オーディエンス評価|91%