心に残るいい映画とはどんなものかを考えると、ストーリーが素晴らしいというのがまず思い浮かびます。
ですが、ストーリーが素晴らしくても役者の演技次第では、見る者を魅了することもあれば映画を台無しにしてしまうこともあるでしょう。
実際の俳優と映画の中で演技をしている俳優はまったく別の存在ですが、素晴らしい俳優の演技を見ると、時には人間としての俳優と映画の中で演技をしている俳優が同じように見えてくることもあります。
そのことは俳優にとって時には重荷に感じてしまうことなのでしょうが、それだけ観客に映画の中の俳優の演技を印象づけたともいえるのではないでしょうか。
そこで、今回はストーリーだけでなく、俳優の演技に思わず見惚れてしまうような映画を紹介していきます。
【何がジェーンに起ったか?】
解説
【何がジェーンに起ったか?(What Ever Happened to Baby Jane?)】(1963) は、監督が【ロンゲスト・ヤード】(1975) の ロバート・アルドリッチ、映画で姉妹を演じているのがベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードというサスペンスタッチの映画です。
ベティ・デイヴィス演じる妹のジェーン・ハドソンは、ベイビー・ジェーンという愛称で喝采を浴びていた子役タレントだったものの、大人になってからはさえない役者となり、そのことから酒浸りの日々を送りました。
一方のジョーン・クロフォード演じる姉のブランチ・ハドソンは、子供の頃はジェーンを羨ましそうに眺めていたものの、大人になると実力派の女優として開眼しました。
ですが、姉のブランチは交通事故のけがから歩くことができなくなり、嫉妬に駆られた妹のジェーンがブランチを引き殺そうとしたものだと噂されていました。
そうした罪悪感からジェーンがブランチの面倒を見るというところから本編が始まります。
この映画は、ラストの姉の告白であっと驚くようなラストがあるのですが、【何がジェーンに起ったか?】で最もインパクトがあるのは、ベティ・デイヴィスのこの映画にかける演技でしょうか。
当時ベティ・デイヴィスは50歳くらいでしたが、映画の中ではそれ以上に醜く老け込んだ姿はまるで老婆のようでもあり、時おり姉のブランチに見せる憎悪と子役時代の自分に戻る狂気すれすれの場面を見ていると、ある種のグロテスクな嫌悪感を感じながらも圧倒される存在感に思わず映画に見入ってしまいます。
【何がジェーンに起ったか?】は、ラストに至るまでジェーンの姉への嫉妬と憎しみが描かれることから、ブランチは最後までジェーンに虐げられた被害者といった印象を与えますが、最後の姉の告白でその印象が変わってきます。
最後の告白で分かるように、実は姉のブランチもジェーンに対して同じような嫉妬と憎しみ、そして罪悪感に駆られていたというのが見ている者に伝わるのです。
ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードは映画の中だけでなく、本当にお互いに仲が悪かったことで有名のようで、そうした2人のテレビドラマが作られたほどです。
そう考えてみると、【何がジェーンに起ったか?】での2人の憎しみというのも、演技を超えたリアルな部分がどこかにあるようにも見えてくるのです。
作品情報
製作年/製作国 1963年、アメリカ
監督: ロバート・アルドリッチ
キャスト:ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード
配信:[U-NEXT](PR)
[Prime Video] (PR)
【情婦】
解説
【情婦(Witness for the Prosecution)】(1958) は、監督が【お熱いのがお好き】(1959) のビリー・ワイルダーで、アガサ・クリスティの短編小説及び戯曲である「検察側の証人」を原作とする法廷ミステリー映画です。
タイロン・パワー演じるレナード・ヴォールが未亡人殺しの容疑者として逮捕され、チャールズ・ロートン演じるイギリス法曹界の重鎮である老弁護士のウィルフリッド・ロバーツが弁護を引き受けることになりました。
しかし、レナードのアリバイを証明できるのはマレーネ・ディートリヒ演じる夫人のクリスチーネしかおらず、しかも老婦人が殺される前に遺産の相続人をレナードにすると遺言を書き換えたことから、状況は極めて不利な中で裁判が行われていきます。
【情婦】も原作がアガサ・クリスティだけあって、あっと驚くようなラストになるのですが、そこに至るまでの伏線で重要な役割を演じているのがマレーネ・ディートリヒの演技です。
当初、レナードのアリバイを証言していたものの、法廷では一変して夫のアリバイについては嘘をついていたと証言します。
この証言からレナードの有罪は確実だと思われるのですが、ここでのマレーネ・ディートリヒ演じるクリスチーネは夫への愛を微塵も感じさせない冷酷な女性といった印象を与えます。
ですが、ラストで見せるクリスチーネは、それまでの冷酷な女性とは正反対の姿です。
夫には愛も感じない冷酷な女性というのは、仮面だというのが分かります。
同時にそれまで見せていたレナードの姿というのも仮面だということが分かり、老弁護士のウィルフリッドもまんまとその仮面にだまされてしまいました。
夫を裏切る冷酷とも思える妻から、夫を愛するがゆえに図って偽証を行った妻の姿を見せるマレーネ・ディートリヒの演技の上手さはさすがだといえます。
映画でマレーネ・ディートリヒは1人2役を演じているのですが、それもまたラストのどんでん返しの伏線となっていて、【情婦】は法廷物のミステリーとして今見ても色褪せない素晴らしい作品となっています。
作品情報
製作年/製作国 1958年、アメリカ
監督:ビリー・ワイルダー
キャスト:タイロン・パワー、チャールズ・ロートン、マレーネ・ディートリヒ
配信:[U-NEXT](PR)
【グロリア】
解説
【グロリア(Gloria)】(1981) は、監督が【オープニング・ナイト】(1977) の ジョン・カサヴェテス、彼の妻でもあるジーナ・ローランズがグロリアを演じました。
また、1999年にはシャロン・ストーン主演でリメイクもされています。
バック・ヘンリー演じるジャック・ドーンはマフィアの会計士でしたが、組織の金を横領しただけでなくFBIに情報を漏らしたことから、見せしめのために家族を皆殺しにするという報復を受けました。
ですが、報復を受ける前にジーナ・ローランズ演じるグロリア・スウェンソンがたまたまやってきたため、一人息子のフィルを預かってくれというジャックの願いを聞き入れます。
組織の秘密が書かれたノートと共にフィルを預かったグロリアでしたが、そのことを知った組織から追われる羽目になるというのが前半のストーリーです。
【グロリア】は、なんといってもジーナ・ローランズ演じるグロリアの圧倒的な存在感が大きいといえます。
後の【レオン】(1995) の元ネタともいわれるこの映画ですが、レオンがどこか影のある殺し屋のように見えるのに対して、グロリアは死んでしまってはおしまいと言い切るあたり、どこまでも生きようとするバイタリティが感じられます。
子供が嫌いであるにもかかわらず、親友である願いから子供を預かり、子供のわがままに振り回されながらも、時には啖呵を切って、また時には銃をぶっ放すことでピンチを切り抜けていく姿を見るうちに、最初はグロリアに反抗的だったフィルも次第に心を開いていきます。
そんな2人ですが、ラストでは約束をしていたピッツバーグの墓地で再会を果たすところで映画が終わります。
普通に見ると、この2人は何とか生き残ったかと思いますが、実はこの2人はラストでは既に死んでしまっているのではという解釈もあります。
カサヴェテスはその辺りをはっきりとは描いていないのですが、どちらともとれるようなエンディングを見ると、どちらに解釈するかによって映画を見た後の印象がガラッと変わってしまうような映画です。
作品情報
製作年/製作国 1981年、アメリカ
監督:ジョン・カサヴェテス
キャスト:ジーナ・ローランズ、バック・ヘンリー、ジュリー・カーメン
配信:[Prime Video] (PR)
【家族の肖像】
解説
【家族の肖像(Conversation Piece)】(1978) は、監督が【ベニスに死す】(1971) のルキノ・ヴィスコンティで、孤独を好む老教授をバート・ランカスターが演じています。
ある日、静かに暮らしている教授のもとにシルヴァーナ・マンガーノ演じるビアンカが2階の部屋を貸して欲しいという申し出がありました。
最初は断る教授でしたが、あまりにしつこく頼まれることから仕方なく1年だけという約束で貸すことにしました。
最初はこれまでの自分の生活が壊されることを嫌った教授でしたが、ヘルムート・バーガー演じるビアンカの愛人コンラッドが芸術に対して造詣があることに興味を覚え、彼に親愛の情を抱くようになります。
【家族の肖像】では、バート・ランカスターが演じる教授とヘルムート・バーガー演じるコンラッドの2人の関係が映画の見どころの1つとなっています。
最初の出会いで教授は、コンラッドの若さ特有の美しさに惹かれていき、そのあと彼が自分と同じように芸術の良き理解者であることに気づくと、コンラッドに対して親愛な友人と語らっているかのような態度で接していき、そんな教授に対してコンラッドも対等に話をしていきます。
そんな彼らの関係が微妙に変わっていくのは、コンラッドが過激派に襲われけがを負った場面です。
ここで教授は彼に対して家主以上の態度でコンラッドに接するのですが、ベッドに横たわるコンラッドを見つめる教授の姿を見ていると、まるでこの2人がホモ・ソーシャルなきわどい関係であるかのように見えてきます。
そしてラストで、コンラッドがガス爆発による死を選んだ時、コンラッドを抱きかかえる教授の姿は、我が息子の死を嘆き悲しむ父親のようでもあり、愛人に死なれた恋人のようでもある、どちらともとれるような姿に見えます。
【家族の肖像】では、若さと生に対する老いと死というものが、教授の目を通して描かれていきます。
【ベニスに死す】(1971) で、ダーク・ボガード演じる老作曲家アッシェンバッハがビョルン・アンドレセン演じるタジオの若さと美しさに惹かれるあまりに死へと導かれていったように、【家族の肖像】でもコンラッドの若さと美貌に惹かれるあまり、その死に衝撃を受けた教授は自らも死へと導かれていったのではないでしょうか。
作品情報
製作年/製作国 1978年、イタリア、フランス
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
キャスト:バート・ランカスター、ヘルムート・バーガー、シルヴァーナ・マンガーノ
配信:[U-NEXT](PR)
[Prime Video] (PR)
【モラン神父】
解説
【モラン神父(Leon Morin, pretre)】(1961) は、監督が【いぬ】(1963) のジャン=ピエール・メルヴィルで、若き神父の役をジャン=ポール・ベルモンドが演じています。
舞台はイタリアからドイツへと占領されたフランスの田舎町で、エマニュエル・リヴァ演じる未亡人のバルニーが、娘の洗礼をきっかけにふとした好奇心から教会へ出向いたところ、そこでジャン=ポール・ベルモンド演じるロラン神父と出合い、彼と対話することで次第に信仰心が芽生えると共に、彼に惹かれてゆくというのが大まかなストーリーです。
バルニーとロラン神父の対話は主に信仰に関することなので、なかなか細かい内容まで理解するのは難しいですが、あくまで信仰上の愛について語るロラン神父に対して、夫を亡くし不安定な情勢のなか未亡人として生きるバルニーの何かにすがりたい気持ちというのが、こうした対話を通じて見る者に伝わってきます。
【モラン神父】はバルニーの視点から語られるだけでなく、ジャン=ポール・ベルモンド演じるロラン神父は自分の内面をさらけ出すことなく、あくまでも一人の神父としてバルニーに接しているため、バルニーのロラン神父の思いは見ている者には伝わるのですが、ロラン神父がバルニーのことを実際にはどう思っているのかというのははっきりとは分かりません。
ひょっとするとロラン神父もバルニーに何がしかの思いを抱いていたのかもしれませんが、厳格ともいえる彼の信仰から、バルニーは現世での愛を求めたのに対して、彼はあくまで信仰上の愛を通じてしかバルニーに語ることができなかったようにも見えます。
恋愛映画を見ると、愛を語ることによってお互いの愛を確認しあうというものが殆どですが、【モラン神父】では愛を語らぬがゆえにバルニーとロラン神父の関係というものが美しくもはかないものに感じてしまいます。
この映画を見ていると、特にドラマチックな出来事は起こらないのですが、それにもかかわらず見る者に深い余韻を残してくれます。
ジャン=ポール・ベルモンドといえば、口数の多い少し軽い感じの役が多い印象ですが、【モラン神父】では、自分の感情を吐露することなく、あくまで禁欲的な態度をつらぬく神父を演じており、こういう演技もできるのだなということを再認識させてくれるような作品です。
作品情報
製作年/製作国 1961年、フランス、イタリア
監督:ジャン=ピエール・メルヴィル
キャスト:ジャン=ポール・ベルモンド、エマニュエル・リヴァ、イレーネ・テュンク
配信:[U-NEXT](PR)