【わたしは、ダニエル・ブレイク】ケン・ローチ監督がイギリスの複雑な制度に振り回される貧困層の生活を鋭い視線で描く

わたしはダニエルブレイク
© Sixteen Tyne Limited,

【わたしはダニエルブレイク】ネタバレと感想。かつては”ゆりかごから墓場まで”という言葉通りの福祉国家だったイギリス。しかし、構造変化により市民の生活は変わり始めていました。貧困層の人々を、複雑な制度によって追い詰める冷たい現実を、ケン・ローチ監督が鋭い視点で描き出す【わたしは、ダニエル・ブレイク】の見どころと感想をお伝えします。

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【わたしは、ダニエル・ブレイク】あらすじ

舞台はイギリス北東部の都市ニューカッスル。

主人公ダニエル・ブレイクは、長年大工の仕事をして生計を立てていましたが、妻を亡くした後に心臓病を患い、医者から仕事を止められたため国からの援助に頼って暮らしていました。

しかしある時、ダニエルは調査員によって就労可能だと認定されてしまいます。

再度援助が受けれるよう申請手続きを取ろうとするも、オンライン申請などの現代テクノロジーについていけず悪戦苦闘。

役所の窓口の人は、マニュアル通りの指示しか出さない融通のきかない人ばかりで、ダニエルはうんざりしてしまいました。

すると、引っ越してきたばかりのシングルマザー・ケイティが、窓口で揉めているのを目にしたダニエル。

思わず口を出してしまったダニエルは、これをきっかけに2人の子どもを持つケイティと交流が始まります。

しかし、ケイティもまた役所の複雑な制度に振り回され、追い詰められていく1人となるのです。

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【わたしは、ダニエル・ブレイク】の見どころ

オンライン化に取り残される中高年代

テクノロジーの進化によって様々な手続きがオンライン化され、コンピューターを使いこなせる人にとっては便利な世の中になってきました。

しかし、そのような人ばかりではないことをダニエルを通して気づかされます。

今までアナログで暮らしていた人たちにとっては、分からないことばかり。

電話で問い合わせしても繋がらなかったり、繋がっても延々と保留されたり、窓口に行けば「知りたい情報はネットで見て」、「手続きはオンラインで」と言われる時代。

それでもダニエルは、苦手なパソコンで手続きしようと奮闘しますが、マウスもカーソルという言葉も初めてということで悪戦苦闘します。

周りの若者の手を借りながらパソコンに向かうも、結局は手続きを終了することができず時間だけ浪費してしまうことに。

このように、一見便利な世の中になってきたように見えても、その裏で困っている人がいることを忘れてはいけないと感じました。

シングルマザー・ケイティの苦しみ

ダニエルと同じく、ケイティも行政の煩雑な福祉制度により窮地に立たされていました。

ロンドンで2人の子どもと暮らしていたケイティは、大家とトラブルになってアパートを追い出され、2年間ホームレスの宿泊所で暮らしていました。

しかし、狭い部屋での暮らしは下の子ディランにとって精神的に限界となり、役所から紹介された遠く離れたニューカッスルへ引っ越してきたのです。

初めての土地で道に迷い、役所に予約している時間に遅れてしまったケイティは、受付してもらえずに困っていました。

そこにちょうどダニエルが居合わせたのです。

2人は交流を始めることになり、ダニエルはケイティの家の壊れた部分を修復してあげたり、子どもの面倒を見てあげたりとサポートします。

しかし、苦しい生活は変わらず、ケイティは子供たちの食事を準備するのが精一杯で、自分は「さっき食べたから」とリンゴひとつだけで過ごすことも多かったのです。

ある日、ダニエルはケイティと子ども達がフードバンクに食料をもらいに行くのに付き添います。

ケイティは、優しいボランティアの人からたくさんの野菜や日用品を袋に入れてもらい、子供たちもビスケットとジュースをもらいました。

その時、事件が起こります

缶詰をもらったケイティは、係の人が他の食べものを取りに行っている隙に、その場で缶詰を開けて口に入れてしまいました。

空腹に耐えきれなかったのです。

ボランティアの人がすぐに気づき、ダニエルと共に優しくケアしました。

こんな自分を母親が見たら……と、みじめに感じ涙を流すケイティ。

液体状の食べものを手で食べるなんて、普通の状態だったらしないはず。

しかし、ケイティはそこまで追い詰められていたのです。

この話は、実話を基にしているそうで見ていて本当に心が苦しくなるシーンでした。

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【ミニ情報】

イギリス福祉制度の今

”ゆりかごか墓場まで”という言葉を耳にした方もいるはず。

最低限の生活が保証されていた時代のイギリス。

日本を含む多くの国が、このイギリスの制度を参考にしていました。

しかし、この政策は膨大な財源支出をもたらすため、サッチャー政権下で方針の転換が図られることになったのです。

この財政赤字削減を目標に始まった改革は、社会的弱者にとって厳しい生活を強いられることでもありました。

イギリスでは福祉と住宅手当、社会保障の削減などが行われ、”片手に指が一本でもあれば就労可能”と皮肉られるくらい厳しくなったのです。

この映画で起きたことは実際にイギリスで起こった現実で、日本でも対岸の火事というわけではありません。

一度引退したにもかかわらず、それを撤回してまで【わたしは、ダニエル・ブレイク】を作ってくれた監督の想いが世界中に届くことを願います。

ダニエル役のデイヴ・ジョーンズ

イギリスのどこでも見かけるような”おじさん”を見事に演じたデイヴ・ジョーンズは、ゼッド・バイアスの名で知られているミュージシャンです。

イギリス・マンチェスターを拠点とし、UKファンキー、UKがラージなどのエレクトロニック・ミュージックの音楽プロデューサーでもあります。

音楽活動では、マッドスリンキーという名前で活躍していますが、映画では本名のデイヴ・ジョーンズで出演しています。

この映画を通して彼を初めて知った人にとっては、あの可愛らしいおじさんが!? と思ってしまうかも知れませんね。

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【わたしは、ダニエル・ブレイク】の感想

この作品は、山場と言われるようなストーリー展開もなく笑いもありません。

彼らに起こる事実を淡々と伝えているだけなのに、人の温かさを感じたり、無力さを感じたりと、様々な感情に心が揺さぶれていきます。

それは、きっとケン・ローチ監督が体調不良にもかかわらず、この映画を撮らざるにはいられないという想いがあったからなのだと思います。

重く苦しいストーリーの中でも人々が助け合い、支え合って生きている姿は心にぐっとくるものがありました。

ダニエルの最期にも監督が伝えたかった想いを強く感じる事ができます。

この映画を通して本当のイギリスが垣間見れたような気がしました。

オフィシャルサイト

©Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2016